子ども達の頭を悩ませる宿題 ー宿題っていつから始まったの?ー

宿題

学校から出題される「宿題」に頭を悩ませるのは、何も子ども達だけじゃないはず。
宿題に悩んだ子ども達は、パパさんママさんにその救いを求めてくることが少なくはないと思います。
子ども達にとっての悩みの種である「宿題」は、子育ての中で、パパさんやママさんの頭をも悩ませているに違いありません。

僕は、宿題が終わらなくて焦ってしまう夢を大人になった今でもたまに見ることがあります。
きっと宿題トラウマになっているのかも知れません。

幼い頃、学校で一日過ごして疲れたまま、家に帰れば学校からの宿題という難題(実は宿題を放り出して遊びほうけてましたけどね)
早く大人になって宿題のない生活を送りたいと強く思った学生時代を思い出します。

ここでは、子ども達やそのパパさんママさんを悩ませる「宿題」の歴史について考えてみます。

 

宿題はいつから始まってしまったのか。

宿題はもちろん学校から出される課題です。
宿題の起源はまず学校へ行くという制度の始まりを考える必要があります。

日本では1872年(明治5年)に「学制」という制度が生れました。
「学制」は日本最初の近代的学校制度を定めた教育法令で、全国を学区に分け、それぞれに大学校、中学校、小学校を設置することを計画し、身分や性別に区別なく国民皆学を目指した制度です。
この制度により日本全国に2万校の小学校が設立され、子ども達は小学校へ通うことになりました。

学制の制定後の明治14年に当時の文部省(現在の文部科学省)は「夏季休業日」いわゆる「夏休み」が定められます。
校舎などに冷房設備がなく、真夏の期間での授業が暑熱により困難なので、その間を休業とするこことを目的として始まりましたが、この学校制度自体が欧米の国々をモデルにしてできた制度だったので、日本でも欧米の長期休暇を学校制度に取り入れたものだともいわれています。

日本では4月時から新学期が始まります。
学校に慣れ、勉強に慣れてきた頃に夏休み期間に突入すると、勉強がいったん中断してしまいます。
このため、中断された学習内容を忘れることがないよう、子ども達に休みの期間中も勉強を継続させ、学んだことを忘れないようにするために「宿題」が生れたといわれています。

「宿題」という子ども達の頭を悩ませる課題は、子ども達が楽しみにしている「夏休み」によって生まれてきたものだったのですね。

 

宿題はどんなふうに変わっていったのか。

夏休みによって生まれた宿題ですが、当時の宿題は「学習の復習」であったり「夏休みの日記」であったり、教師が各々の裁量でオリジナルなものを作っていました。

ところが、明治時代から大正時代になると、出版社や教育産業の業者が夏休みの宿題用の教材を作成し始め、学習課題と日記が別に取り扱われるようになっていきます。
また戦時中には、国(文部省)が宿題の内容を作成し、全国一律のものになっています。

僕の小学校の頃は「夏休みの友」と呼ばれる教材が使われていました。

現在は、各都道府県や各市町村、或いは学校単位で、地域に根付いた学習(民話や地域の動植物、郷土の歴史に関した課題や問題)を題材にした地域らしさを出したものや植物採集や昆虫採集などの課題、読書感想文など長期の休みを使ってしかできないような課題が出されるようになっています。

特に自由研究として、子ども達に自分たちで研究する課題から考えさせる宿題も主流となっていて、自主性や創造性を高める方向性に進んでいますが、これが余計に子ども達やパパさんママさんの頭を悩ます宿題になっています

 

今の宿題は毎日出されるものをいいます。

夏休みの課題として生まれた「宿題」ですが、現在はほぼ毎日、授業の復習として出題されているものがほとんどです。

音読や計算問題、漢字の書き取りなど、学校で勉強してきてなお、自宅でも学習を強いるのが現状ではないでしょうか。その他にも、プリントやドリルを宿題とする場合も多いです。

その教材も民間の学習教材が多く、昔のように教師が自身で作るものは少なくなっています。

どうせならこんな楽しいドリルがおすすめです

今では、夏休みにそれまでの学習内容を忘れないために始まった宿題が、いつの間にか毎日の授業の復習や家庭学習の習慣化を図るための手段としての宿題に変わってきている状況ですね。

宿題の量も年々増加傾向にあるように思われます。
僕が子どもの頃の宿題と僕の子ども達の宿題を比べてみても、その量はかなり増えてきているんではないかと実感しますし、学校の授業で理解出来ている出来ていないにかかわらず、どの子どもにも画一的に出されます。

ゆとり教育により授業時間が減った分、宿題となって子ども達へ負担となって返っている気がする昨今なのです。
もしかしたら、僕がトラウマになってしまっているくらいだから、僕の子ども達が抱える宿題トラウマはもっと大きいものになっているかも知れません。

本当は、宿題を強いて自宅学習を促すより、学校でしっかりと理解させて、自主的に自宅での学習をさせるような教育が理想的なんだと思います。

 

まとめ

宿題は学校制度の中の夏休みの導入によって、長期休暇中に学んだ学習内容を忘れてしまわないために生まれました。

子ども達が楽しみにしている夏休みが、子ども達やパパさんママさんの頭を悩ませる種「宿題」を誕生させ、そして今では、夏休みだけではなく毎日の課題として定着するようになってしまっているのです。

宿題の量も年々増え、子ども達の個々の理解度にかかわらず、画一的に出される宿題が、果たして子ども達の負担を強いる形になっていないか、逆に自宅学習の意欲を損ねていないのか、懸念されます。
また、子ども達が授業で理解できなかった場合には、その子ども達だけでなく、宿題を教えなければならないパパさんやママさんにも負担が大きくなってきているのかも知れません。

今の宿題は、その提出が子ども達の成績の評価にまで深くかかわってきています。
そのため、もともとの復習であったり自宅学習の習慣化の目的からも少し変わってきている気がしているのは僕だけでしょうか。

宿題は当初は、夏休みの課題として生まれましたが、今では毎日の自宅学習として定着しています。もしかしたら、子ども達やパパさんママさんの負担にもなってきているのかも知れません。

 

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